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良薬口に苦し 黄連 本草綱目北京語の古文体翻訳

 

漢方薬を勉強される方の為に翻訳しました。

漢方薬は一つ一つの

単味の生薬の効能効果を掴む事で

処方を正しく使いこなす事が出来ます

症状だけで漢方薬を選び患者さんに

処方すると言う事は

副作用を起こす事になります。

その漢方薬が

冷やす性格? 温める性格? 乾燥させる性格? 

潤わせる性格? 風を除く性格? 暑を除く性格 ?

風 寒 暑 湿 燥 火の邪

 が病気の由来による場合

薬の性格を掴んで処方する事が大事です。

 どのような性格の処方なのか掴む事で 

正しく重病人の方が生きがえる程の

効能効果を発揮します。

それができなければ 

重病人に処方した場合

死に至らしめてしまいます。

将来は 本として出版するつもりです

今は 

漢方薬を学んでいる方々の爲に

お役に立てる事を願って本文を記載致します。

著者

韓醫學博士 李豊遠

Donggukk-Royal University of America, LA

(米)Uuin University, Compton 博士取得

 

農學博士 全炳台

(韓)建國大學校 食品生命科學부 敎授

(日)東北大學大學院 博士取得

 

Mieko Kimuro

株)オータニ 漢方藥局

 

4.淸熱燥濕藥 

12.良藥は口に苦し

黄連(CoptisjaponicaMAKINO)

中国黄連(CoptisChinensisFRANCH)

昔、

陶と言う性の名医が四川(しせん)の

某山區に住んでいた。

言い伝えによれば、彼は華佗(かだ)の子孫だという。

華佗が曹操(そうそう)に殺害された後、

彼の子孫らは、後の患い事や憂いを恐れて、

この地方に逃れ、密(ひそ)かに隠れて住んでいた。

その当時、

逆賊(ぎゃくぞく)は

その近親者三族に至る迄滅ぼして殺されていたので、

姓も陶氏と変えた。

陶は逃避(とうひ)の逃と

発音が同じなのでそう変えた。

「陶医師に治療してもらえば

どんな病気でもすぐに治るそうだ。」

「陶医師の医術は実に名高いそうだ。」

彼の名は、四川地方の一帯の

民衆を治療し卓越(たくえつ)した医術の為、

名高い名医として広く知られていた。

陶医師の家には百草園という庭園があった。

そこから

得た薬草を使って治療するので、

庭園の管理は特に念入りに心を配った。

陶医師は孤児で育った黄後生という者に

そこを管理させていた。

黄後生は真心込めて熱心に管理した。

お正月のある日の事、

陶医師の娘の連妹は山道を歩いて行く途中、

湿地の多い道端の傍で小さな草を見つけ

「この花はとても美しい、私の家の庭園に植えよう。」

その草は薄い黄色であり、

白い花を咲かせ非常に美しかったので、

連妹はそれを掘りだして家に持ち帰り、

百草園に植えた。

「この花とても美しいでしょう?」

「うん私が大事に育ててあげよう。」

連妹が植えた小さな花を、黄後生は念入りに育て

大切にした。

小さな花は段々育ち茂った。

黄後生はその種子を百草園の空き地に植えた。

翌年には花は満開した。

「花が満開したのよ。」

ところがその秋頃、

連妹は病気になった。

その症状は

口が渇き、熱が出て、嘔吐しながら、

その上 腹下りまでした。

その時、

連妹の父の陶医師は

隣村に往診に行って留守だった。

遠方に往診に行けば幾日もかかる事が

往々にして有ったので、連妹の母は慌てて、

何も手当が出来なかった。

黄後生も気持ちが焦った。

「困った事になったな。

お医者様もいらっしゃらないのに。」

その日、

黄後生は百草園の中を歩き回っている途中、

偶然にも連妹が植えた薬草に目が行き、

それを採って口に入れて噛んでみた処、

その味が余りに苦くて口も利けない程だった。

黄後生は その時、

突然頭に浮かび上がるものが有った。

口に苦い物が良薬(苦口良薬)

になるという言い伝えを思い出した。

「私がまず味を試した後、

身体に無害という事が判(わか)れば

連妹に食べさせよう。」

黄後生は三株を掘り、

煮て食べたが、その苦さは

例えようがない程苦かった。

翌日、

自分の身体に何の異常も無い事を

確かめてから、

薬草をまた掘り出して連妹に服用させた。

朝、薬を呑んでから、

午後になってみると

身体が良くなり始めた事が分かり、

それから三日間続けて薬を飲んだところ、

連妹の病気はすっかり治った。

陶医師が家に帰り、

その間の経緯(いきさつ)を聞いて、

すぐにその小さな薬草を観察した。

味わってから。

娘に病気の症状と原因を詳しく聞いた後、

陶医師は黄後生の手を握り

感激しながら次の様に話した。

「娘の病気は胃と腸に

熱が甚(はなは)だしく起こったものである。

熱を下げ解毒したので病気が治ったのだ。

見たところ、

この小さな草の根が黄色である故に、

その薬効が脾臓(ひぞう)に及ぶもので、

寒性の苦みの薬である。

瀉火(しゃか熱を下げる)

燥湿(そうしつ湿をなくす)

解毒の効果があるのだ。

この草を

連妹が採って家に持ち帰って庭園に植えたし、

君は先ず薬の味を試した後、

連妹の病気を治したから、

黄連と名付ける事にする。

薬草の根が黄色であるし、

黄後生の黄と連妹の連とを合わせて

黄連と名付けたものである。」

その後、

黄後生は連妹と結婚して陶医者の娘婿になり、

夫婦はこの薬を採集して後には民間医師になった。

そして黄連を四川地方に繁殖させた。

黄連には、ベルベリン(Berberine)、

コプチシン(Coptisine)、ウオレニン(Worenine)、

パルマチン(Palmatine)、

コルムバミン(Columbamine)等の

成分が含まれており、細菌性肺結核、

潰瘍性結膜炎、高血圧等効果があり、

萎縮性鼻炎、化膿性中耳炎、

急性扁桃腺炎にも効力がある。

 

 

 

 

 

 

 

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